概要
この記事は「雨夜の月」第4巻のレビューです。
本の概要
| 作者 | くずしろ先生 |
| 出版社 | 講談社 |
| 最新巻 | 8巻 |
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あらすじ
奏音は顧問の三浦から、所属する文芸部では全員が、
夏休みを使って文芸作品を創作する決まりを聞かされ、
自分が耳が聞こえなくなって感じたこと、
そして咲希と出会ってからのことを書こうと思い立つ。
また、夏休み明けの文化祭で行われるクラスごとの
合唱の伴奏を務めることになった咲希は、
過去に周囲から耳のことでうまく合唱できないのを
非難されてきた奏音の心情の吐露に接し、
彼女がこれまでそうした状況で乗り越えてきた壁は、
壁の方が崩れなきゃいけないと言い放つ。
Amazon紹介文より引用
レビュー
周りの人と特別扱い
前巻の最後に登場した綾乃さんですが、耳の聞こえない彼女と一緒にいると、自分の苦しみがぼやけてしまうよと奏音に忠告します。その後、小・中学時代の奏音と綾乃の話が展開されます。
小学校のときに聴覚を失ったときから、綾乃は奏音と常に一緒に寄り添っていました。自分のことだけでなく、奏音や自分の弟妹を世話しなければならず、綾乃のストレスはピークに達します。夜中に突然目が覚め、やるべきことに押しつぶされる描写は、読んでいる側も、辛くなりますね。
そのあと、自分を大切にしなければと、一人で抱え込まず、下の子については世話を他人に助けてもらう一方で、奏音に対しては突如としてかかわらないようにします。 その選択や、その後の奏音に対する発言は確かに褒めらたものではありませんが、自分に押しつぶされずに、うまく回避した綾乃は偉いなと思います。これとケースは少し異なりますが、最近は介護の重労働に耐えきれず、誰かに頼ることもできず、介護殺人(介護者が要介護者を殺す)に至ってしまうニュースも聞きますし…
きょうだい児のとき(2巻のレビュー記事)も言いましたが、障害者の周りにいる家族や友人の苦悩についてはあまりスポットに当てられていない気がします。障害の個人モデルと社会モデルの話もしましたが、個人モデルで考える場合、障害者本人だけだなく、身近な人にも障害への対応が伝搬します。相互の助け合いが重要な一方で、自分自身を優先することも生きていく上では大切です。公平の話のときに、野球観戦者の台の話がありましたが、高い台を容易に準備できる制度が社会に必要であると強く感じます。
奏音に対し覆水盆に返らない発言をして、仲直りは無理だと断言している綾乃に対して、咲希は重い話を聞いたにも関わらず、「やっぱり優しいですね」とさっぱり言います。楽観的に言ってるようにみえますが、咲希が第三者の立場になって、奏音と綾乃の話を聞き、そして両者の優しさを感じたからこそ、二人が仲直りするビジョンが見えたのかもしれません。
完全に元通りにはならなくても 別の形になることは有り得ると思うんですよね
咲希のこの言葉の通りになるといいですね。
壁を壊して挑戦へ
壁の方が壊れなきゃいけないよ
奏音と社会には二重の壁があり、社会が作り出した壁と、それによる奏音自身が作り出した心の壁があります。聴覚を失ったことにより、なにか高い目標に向かって挑戦することを諦めてしまっていました。
しかし、奏音が作ったハードルを咲希がくぐり抜けるたことで、少しずつ壁が壊れかけていく中で、奏音は2つの目標を見つけます。
1つめは、小説を書いて、文芸コンクールに投稿すること。 奏音は、自分のために小説を書くことにします。あのとき絶望していた自分を勇気づけられるように。奏音はハードルの話など、文才がありそうなので、上位に入りそうな気がしますね。
2つめは、合唱コンクールの指揮者に挑戦すること。 指揮者に立候補していた人の代わりに、自然と手を上げて立候補します。
伴奏者が咲希、指揮者が奏音、2人にとっての大きな挑戦が楽しみです。
かつての無邪気な姿と挑戦する姿
この巻で一番印象的だったシーンが、奏音が母親に対して、「エボニー・アンド・アイボリー」を歌った場面ですね。
小さい頃大好きだった音楽を、聴覚を失ったことによって奪われ、音楽を諦めていた娘が、大きくなって自ら歌っている姿をみて、お母さんの目頭が熱くなり込み上げてくるものがありました。感想を遠慮なく言っていたのも、その後奏音を抱きしめたのも、子を大事に思う母親らしさが表れていました。私は別に子どもがいる訳でもないですが、ウルウルしてしまいました。
5巻では、富田さんの話が出てきます。かなり嫌な感じで登場したあと学校を欠席した富田さんは、どうしているのか、そして奏音や咲希とどう関わっていくのか。要チェックです。

