概要
この記事は「雨夜の月」第2巻のレビューです。
本の概要
| 作者 | くずしろ先生 |
| 出版社 | 講談社 |
| 最新巻 | 8巻 |
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あらすじ
耳の不自由な奏音。奏音に惹かれる咲希。
2人の少女の雨の夜の月のように、
目には見えないけど、確かに在るもの。
不自由な耳の代わりに読唇術を駆使して、
周囲とのコミュニケーションをとる奏音だが、
隣の席になった咲希との交流をきっかけに、
高校に自分の居場所を少しずつ増やしていく。
一方、咲希は奏音の妹の凛音と知り合い、
自分も読唇術ができるので表情を読み取ることには長けているという彼女から、
「姉に何か隠し事があるうさんくさい存在」だと見做されてしまう。
そんな中でも、自分の肩を持ち、心を開いてくれる
奏音に対して抱く感情に、咲希が形容したのは…。
Amazon紹介文より引用
レビュー
「平等」と「公平」の違い
この巻では、公平と平等の違いを国語の三浦先生が教えてくれます。
この2つの言葉にあまり違いはないと思っていましたが、その意味は以下のように定義されています。
| 平等 | 全ての人に同じ条件を与えること |
| 公平 | 公正さを保つために、各個人に合わせた対応をすること |
作品内でも描かれているように、例えば海外映画を観るとき、吹き替え版と字幕版があり、健聴者は好きな方を選択できますが、読唇術を使う人にとっては字幕版しか選択肢がありません。さらに読唇術を使えなければ、字幕がない邦画も選択肢から外れてしまいます。これは公平ではないといえます。
これに対してどう対応するか考えるときに、障害について「障害の個人モデル」と「障害の社会モデル」という2つのモデルがあることを頭にいれる必要があります。
| 個人モデル | 「障害は個人の側にあるもので、障害者本人がその障害を対処や克服などすべきである」という考え方 |
| 社会モデル | 「障害は社会の側にあるもので、社会が解決すべきである」という考え方 |
参考文献:https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/jinken/jinken015/
今回の例を社会モデルで解消方法を考えると、すぐに思いつくのは、邦画含めてすべての映画に字幕をつけて上映することです。そうすれば、聴覚障害者も問題なく視聴できます。
しかし、こうすると健聴者から「音声があるのにわざわざ字幕をつける必要はない。映像に集中できなくなる」という反対意見が出るのは想像に難くありません。しかもそれがマジョリティ側の意見であるため、民主主義においては多数派の意見が優先され、公平は実現しなくなります。
自分が「損」をしない…マジョリティであるうちは公平なんて不要不急と考える人もいる
三浦先生のこの言葉は、無知な私にとって心にぐさりとくるものがありました。
ちなみに、作品内の注釈にもありますが、吹きかえでもメガネを着用した人のみに字幕が見えるデバイスもあるそうです。個人モデルと社会モデルの両方の考えを組み合わせたようなものですね。
https://www.media116.jp/other/6097
「公平」のための「不平等」が受け入れられない
公平は各個人に合わせた対応を意味するため、立場や力が低い人が多くの援助を受けることがあります。作品内にある野球観戦の例では、背の低い子どもは、柵から顔を出すために大人よりも高い台を使用することができます。これを援助が低い側が高い側に対して、特別扱いされてズルいという考えも少なからずあり、その苦悩に悩まされていることが描写されています。
「平等じゃない」という指摘は言葉の定義から考えればその通りでありますが、それを盾に批難するのは公平の観点が抜けているのだと気づかされます。
きょうだい児の存在
障害者との特別扱いとの差を一番身近で感じたのはきょうだい児です。
きょうだい児とは、病気や障害のある兄弟姉妹を持つ子のことです。私もこの漫画で初めてその言葉を知りました。メディアでは、障害者本人にスポットがあたることが多いですが、その親や兄弟姉妹は多く語られることはありません。
奏音の妹である凛音は、姉が聴覚を失ってからピアノをやめたり、姉が読唇術を使えるよう、長期間練習に付き合っていました。それに対して文句を言う事はしていませんが、姉のために割いた時間はかなり多かったことでしょう。
咲希も調べていますが、ネットで検索すると、親の愛情の隔たりや、障害者の補助や付き添いなどから精神的苦痛を抱えている人も少なくないです。夜の勝手な外出に対して、姉妹同時に叱っていることからも、及川家の両親は奏音に過剰な特別扱いはしていなさそうです。しかし体調に関して敏感な部分も多く過保護っぽく感じられる描写もあり、凛音はその待遇についてしっかり理解しているのが、とてもえらいし姉思いだなと思います。
咲希に対する奏音の変化
映画を待つシーンの中で、好きな男性の話や、なぜスカートを履かないのかなど、奏音にとって聞かれたくない話をした咲希に対して、奏音は許さないといいますが、その表情はとてもにこやかで冗談めいたものでした。それに続く奏音の言葉。
ただ私の場合は何の言葉にどんな行動に傷ついたのか ちゃんと聞いて知ってほしいだけ
咲希は言ったらちゃんと聞いてくれるし考えてくれる
最初のころには、分かり合えないと決めつけていた奏音が、徐々に咲希に対して心を開き、気持ちや考えを共有して仲良くなりたいと思い始めています。
咲希は特別だから こーいうトコは平等でも公平でもなくていいよね
こんなこと言われたら咲希はおかしくなっちゃいますね。奏音は罪深い姫です。
まとめ
2巻も公平や平等の話、きょうだい児などシリアスなシーンもありますが、コメディっぽい部分もあり、重すぎないようなストーリーになっています。ずっと暗い話だからと敬遠することもなく、かと言って不自然に流れが変わるということもないので、非常に読みやすいです。
本記事を作成する際、公平や平等、きょうだい児に関する記事や意見をネットで調べました。
本作は今まで知らなかったことについて知ろうとするきっかけになりうる作品だと思います。中途半端な勉強で分かった気になるのは避けたいですが、自分には関係ないからと目をそむけないようにしたいです。

